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靖国神社-彼らは何のために死んだのか? August 18, 2010

Posted by TAMAGAWABOAT in Blogroll, History, Japan, Japan Bashing, racism, WW2, Yasukuni.
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この文は、私が終戦の日を前にして8月13日に、このブログにあげたYasukuni Shrine-3の日本語訳です。ある意図(英語圏の人でなく日本人にぜひ伝えたいという思いがあり、若干、文章を変更しています)があって、和訳の文章は英文とは別のページとしました。

私は、あるユーチューブのビデオを観ました。64回目の大東亜戦争(驚いたことに、アメリカでは大東亜戦争のことを太平洋戦争と呼ぶらしい。中国戦線やビルマ戦線も太平洋なのか?)の終戦の日にあたる昨年の8月15日、靖国神社にて、ピエール・パリゾというカナダ人(フランス系かな?)が田母神俊雄・元航空幕僚長に対して失礼な言葉をかけ、周囲にいた人たちとの間で、ちょっとしたいざかいを起こしたというビデオです。ピエール・パリゾ氏は、講演を終えてあるケーブルテレビのインタビューに答えていた田母神氏に対して、突然、挑発的な言葉を投げかけました。「あなたがドイツ人だったら、あなたは憲法違反で逮捕されますよ。それをどう思いますか?」と。田母神氏の講演を聞いていた何人かの日本人が、このパリゾ氏の田母神氏に対する失礼な言葉に怒りをあらわにしました。

私は、日本人がパリゾ氏に対して怒る気持ちはわかります。しかし、このカナダ人にただどなり散らす日本人たちの態度にも少々がっかりしました。というのも、このカナダ人は日本人を最初から挑発しようと思ってわざと田母神氏に失礼な言葉をかけたことを、周囲にいた人たちは理解すべきでした。(しかしながら、彼らはその挑発に乗ってしまったのです) そして、私たち日本人が理解すべきことは、日本に滞在する欧米人10人のうち9人以上が、靖国神社や田母神論文について、このカナダ人・パリゾ氏と同様な考え方を持っているという現実を理解すべきです。ピエール・パリゾ氏は、過去に2~3回ほどジャパン・タイムズ紙に、靖国神社について否定的な記事を書いています。ほとんどの欧米人たちが、特に連合国(アメリカ、イギリス、オーストラリアなど)の人々は、自分たちは65年前、非人道的な独裁国家と戦い、そして人々をそれから解放したのだといった、いわゆるステレオタイプを持っています。それゆえ、連合国の人々が持つ歴史観を否定したり、それに反論するような人が現れたりすると、彼らは、決まってパブロフの条件反射のごとく、歴史修正主義者としてレッテルを貼ろうとするのです。右翼という言葉は、外国メディアによって、日本における歴史修正主義者という言葉に代わって用いられる用語です。歴史観の異なる相手に対して、しきりに歴史修正主義者とか右翼といったレッテルを貼ろうとする欧米人のほとんどが、実は最初から、歴史について議論などしようなどとは願ってはいません。だからこそ、ピエール・パリゾ氏は田母神氏に失礼な言葉を吐いた後、わざと顔にニタニタと嘲るかのような笑みを浮かべ、そしてそそくさと靖国神社から逃げるように去っていったのです。このカナダ人の最初からの目的が、日本人たちをただただ怒らせるつもりで、挑発したかっただけだったのは明らかなのです。(彼らって、結構悪質です) それで彼は何を欲してこうした行為をとったと思いますか?それは日本人に対する優越感でした。

実は、私も、ほんの数年前まで、ピエール・パリゾ氏と同様に、己の無知からくる思い込みで靖国神社に対するある種のレッテルを貼っていました。私は、靖国について、毒が盛られ耳をつんざく迷惑な音を撒き散らす右翼の下品極まりない黒い街宣車のイメージを持っていました。しかしながら、はじめて靖国の遊就館に入り、戦争で亡くなった6千を超える方たちの遺影の前に立ち、そして、たくさんの人々が残していった遺書を丹念にひとつひとつ読んでいくにつれ、私は、彼らが何のために死んでいったのかを理解し、遺書の中に、光輝く「人間の尊厳」を見ました。これほど眩しい「人間の尊厳」をかつて見たことは今でもありません。日本人は「人間の尊厳」などといった言葉を日ごろ簡単に使いますが、生まれながらにして「人間の尊厳」なんてあるとは私は思いません。自分の身を投げ出してまで、自分を犠牲にしてまで、他の人間を救おうとする姿、その瞬間こそ、人間は尊厳で輝くのだと思いました。

いったい彼らは何のために死んだのでしょうか。もし、あなたも先に述べたような思い込みしか持たないとすると、たぶん、あなたは「彼らは天皇のために死んだ」と答えるでしょうが。靖国神社・遊就館には、家族に宛てたたくさんの遺書がありました。これらたくさんの遺書は、なぜ彼らが命を懸けて戦ったのか、彼らは何を必死に守ろうとしたのかを私たちにに語りかけてきます。彼らには、命を懸けるだけの価値のあるものがあったのです。命と引き換えにするだけの価値があるものが、実はあったのです。妻、娘、息子、母親、そしてふるさと。彼らは命を賭してでも守るべきもがあったのです。私は問いたい。今の日本人にそれがありますか?今の日本人に命を賭すだけの価値あるものがありますか?その覚悟がありますかと。たとえ、戦場で「天皇陛下、ばんざい」と叫んで死んだとしても、彼らの最後の瞬間まで、いつも彼らの心と一緒にいたのは家族だったのです。そして最も私たちにとって重要なことは、これらの遺書は、日本の未来を将来の世代に託して死んでいったことです。死を決意し壮絶な想いで書き記した言葉と文字、それらは、どんな言葉よりも重いのです。彼らは日本の未来を、今に生きる私たちに託して逝ったのです。ですから、当然、命を懸けてこの国を守ろうとした人々の遺志を無視することは、決してあってはならないのです。しかしながら、日本のために人々が、今日の日本の有様を見たらどう思うでしょうか。子供が親を殺し、金と女に溺れる腐敗しきった政治家、そんな心の腐りきった社会のあり様を見たとしたら、きっと彼らはどんなにか嘆き悲しむことでしょう。今日の日本社会の堕落ぶり、日本人が終戦以来、ずっと靖国神社に背を向けてきた65年間の結果なのです。私自身、6年前、靖国神社にはじめて訪ね、そして自分がいかにそれまで感謝知らずの人間であったかを悟りました。

いま日本の政治の世界では、永住外国人に投票権を与えるべきか否かが議論を呼んでいます。私は日本政府にぜひ提案したい。私利私欲に駆られて日本にやってきた外国人に投票権を与える以前に、まずは優先的に靖国神社に英霊として祀られている2,466,532名の方々に投票権を与えるべきだと。私たちは決して忘れてはなりません。日本のために亡くなった2,466,532名の方々は、今を生きる私たちに、この日本を託したことを。私たち日本人は彼らの遺志に忠実に応える義務があるのです。そして、もうすぐ65回目の大東亜戦争の終戦の日がやってきます。靖国神社へ参拝の際には、ぜひ遊就館を訪ね、遺書を通じて彼らの想いに接していただければと思います。

TAMAGAWABOAT
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