Archive for March 1st, 2008
日の丸・君が代
日本人にとっては少しばかり辛辣な話をする。たまにではあるが、日本人が日本という国の将来に悲観をして、こんなことを言い出す日本人に出くわすことがある。「日本はもうこれ以上の経済的発展も見込めないし衰退していくだけ。日本の周囲には中国やら北朝鮮やら韓国やら得体の知れない気持ちの悪い国ばかり。中国がいつ攻めてくるか心配でしょうがない。いっそのこと、日本は独立を放棄してアメリカ合衆国の51番目の州として国土を差し出したらどうだろうか!?それって、いいアイディアだよね。日本人はみんなアメリカ国籍。軍事的に守ってもらって、外交的にも経済的にも強力になるし、1億3千万人の日系アメリカ人が誕生したら、日系の米大統領も夢じゃない・・・」 実はこれ、先日、飲み屋さんのカウンターでたびたび顔を合わせる店の常連客(都立高の国語教師)が言った言葉だった。
その話を聞いて、その常連さんに言った。「あなたね。トイレに行ってさ、トイレにある鏡で自分の顔をよく見てごらん?アメリカ人ってどんな顔していると思う?あなたの眼は青いですか?あなたの髪は金髪ですか?あなたの顔は白人っぽいですか?あなたの顔は、アジア人そのもの。あなたがよほどアメリカのことが好きなのはわかるけど、アメリカ人の立場になって考えてごらん?日本が領土をアメリカに差し出すというと、アメリカはきっとこう言い出すと思うよ。領土は有難くいただきます。そして日本人には第2アメリカ人というタイトルをあげましょう。第2アメリカ人は日本州から本土への移住はできません。そして徴兵制を施行しますので、アフガンとイラクの前線へ行っていただきます。これからイランと戦う準備中でしたから、君たちはそこでもがんばっていただきます」 その常連さん、どうして私がこんな説教じみた事を言っているのか皆目わからないらしく、キョトンとしていた。
マンザナール強制収容所。第二次大戦中、アメリカ合衆国はアメリカ国籍を持つ日系アメリカ人1万人あまりをここに収容した。日系アメリカ人強制収容所はここ以外に9つあり、アメリカ全土で11万人がすべての財産を完全に奪われ、終戦まで各地の強制収容所に収容された。ドイツ系やイタリア系は収容されず、日系だけが4年近くも囚人のように自由が奪われた。奪われた財産は帰って来なかった。同じ国籍を持っていても白人でなければ人種差別を受ける。それがアメリカだ。戦後63年経たいまも同じ。
昨年、米下院で可決した慰安婦決議。まったく事実に基づかない日本への慰安婦非難決議が通過してしまった。アメリカ軍も日本進駐時や朝鮮戦争時、そしてベトナム戦争時でも慰安婦や売春婦を囲っていたじゃないか。それを日本側の反論も許さず、アメリカ自身の過去も省みず、一方的に嘘で塗り固めて「日本人=野蛮で破廉恥な強姦民族」としてレッテル貼ったじゃないか。この問題の根本は、アメリカ人の日本人に対する人種差別にある。われわれ日本人は今もなお有色人種として差別や偏見を受けているのだ。アメリカ人が日本人を差別しているといったことは極めて受け入れがたいことである。もちろん差別を受け入れる必要はない。しかしながら、彼らがわれわれ日本人を今でも人種的偏見で差別していることは、われわれ日本人の認識のどこかに常に置いていたほうがよいかと思う。いつの間にか、多くの日本人は自分の顔が白人と同じであって、白人たちはわれわれ日本人を対等に扱ってくれているなどといった間違った錯覚に陥っている。日本人は、あまりにもアメリカ合衆国に幻想を抱きすぎる。アメリカの「自由・人権・民主主義」なんて幻想に過ぎない。
卒業式で「君が代」が演奏されると、これ見よがしに即座に着席する教師。校歌は斉唱できても国歌は斉唱できないそうだ。君が代を国歌として歌うことはおろか、君が代が演奏されている間じゅう、着席していることが「良心の自由」とやらを守ることになるそうだ。わざわざ、そうした姿を無垢な児童たちに見せて、「どう?これが良心の自由を守っている尊い姿よ。私は人間の尊厳を守るために戦っているのよ。ほらほら見て見て。さあ、あなたたたちも・・・(これ見よがしの示威行為)」なんて考えてんだろ、コイツ等。こうした教師たちはきっと「たまたま運が悪くて日本人に生まれただけ。人間はみな生まれながらにして自由なのよ。だからって国籍なんて変えないわ。せっかくオイシイ仕事に就けたのだから。誰にも私の思想と信条を侵害することは絶対に許さないわ!ゆけ~、フリーダーム!!」なんて考えているんだろうな。こういった教師は自分の親の葬式でも「私は、本当のことを言えば、この親の子供としては生まれたくなかったんです!親が死んで、やっと自由になりました!遺灰は墓参りが面倒だから、海に撒く自然葬にいたします!」なんて挨拶するんじゃないか?子は親を選ぶことはできない。そして子は死ぬまで、その親の子という運命を背負って生きる。そこに自由はない。本人は望まなくても日本人に生まれたからには、どこの国へ行こうが他所の国へ移住しようが、本人が死ぬまで「日本人」であり、そこに自由はない。本人は自由と思っていても、その肌の色や小さな眼は変えられない。たとえ日本人がいない土地で暮らしても、周囲はあなたを「日本人」とみなす。だから、他所の土地においても「日本人」ということから自由にはなれないのである。
日本人は日本人として生まれた以上、日本人として死ぬのが運命なのだ。しかしながら、海外に一歩でも出ると、赤い旅券を携帯し、時にその赤い旅券はあなたの生命を守ってくれることもあるし、他の国籍の人たちが自由に入国できない国も査証無しで入国できたりすることもある。バックパッカーとして海外をひとりで歩けば、「日本人」というだけで、現地の人たちのいろんな恩恵にも授かれることが多くある。それらはみんな、先人としての日本人たちのお陰なんだ。
日本人は、戦後63年間、アメリカの「自由・人権・民主主義」をあまりにも崇拝しすぎてはいなかったか、よくよく考えてみるがよい。アメリカの掲げる「自由・人権・民主主義」を中心に、いつも日本はその周りをグルグルと回ってきた。アメリカを地球としたら日本が月で、アメリカという地球を常に見つめながら、「自由」「人権」「民主主義」と唱えつつ、同じ軌道を63年もの間、周回してきた。しかしながら、ここにきて、日本はその周回軌道をいつの間にか大きく外れてしまった。軌道を外れて宇宙のはるか彼方へ飛んで行きそうだ。自由・人権・民主主義の乱発によって、もうどこまでも自由・人権・民主主義・・・社会や組織は崩壊し、日本人ひとりひとりが完全なる個となりつつあることに気づく。
「社会がなんだ!?国がなんだ!?フリーダムだ!俺は自由だ!俺の勝手だ!」・・・自由・人権という言葉が、あまりにも拡大解釈されすぎて、社会の混乱と無秩序さを生み出しているのだ。
「君が代の強制は、自分の思想・信条を侵すもの」と主張し、児童たちの大切な門出の儀式を身勝手な行動で乱す・・・それが周囲にとってどれだけ迷惑か、周囲に迷惑をかけてすまないという気持ちすら無いのか?そんな「良心の呵責」すら感じない人間が「良心の自由」を語るな!・・・と私は言いたい。
TAMAGAWABOAT 
トップページから読む
関連記事 B-29日本列島縦断飛行プロジェクト
日本人がいくら憲法9条を誇っても、世界は誰も知らない
靖国神社遊就館・人類の歴史とは戦争の歴史である
日本人とは何か(1)
日本人とは何か(2)
6 comments March 1, 2008
