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やめたいけど、やめられない-パチンコ依存症 May 2, 2011

Posted by TAMAGAWABOAT in Blogroll, Japan, Korean, Pachinko.
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パチンコ依存症は「癖」ではありません。これは治療の必要な病気です。
あなたのご家族や友人に、毎日のようにパチンコ店に入り浸っている人はいませんか。そんな人がいたら、「パチンコ依存症」を疑ってください。パチンコ依存症は“癖”ではありません。“癖”なら、本人の努力次第で改善することができます。しかし実際には、パチンコをやめたいと思っていても、どうしてもやめられなくなってしまっている、本人の意思ではもはや自分の衝動をコントロールできなくなってしまった状態、これはまさしく心の病気です。WHO(世界保健機関)は「ギャンブル依存症」を治療の必要な精神疾患として認定しています。そのギャンブル依存症の中でも、最も進行性が高く恐ろしい病的賭博(とばく)のひとつがパチンコ依存症です。パチンコ依存症の最も悲劇的な点は、本人自身の人生を破滅へと追い込むだけにとどまらず、多くの場合、その配偶者や親や子供らといった家族までが巻き添えにされてしまうことです。さらには、パチンコが原因とされる事故や事件が増加し治安の悪化を招いてきました。母親がパチンコに熱中するあまり駐車場に停めた車に閉じ込められていた幼児が熱中症で死んだ事故、パチンコ代欲しさに窃盗や強盗殺人に及ぶ事件。パチンコ依存症は人格までも破壊する恐ろしい病気です。「パチンコがしたい」という衝動を抑えきれず情緒が不安定になり、かつて子供好きだった人が自分の子供に愛情が持てなくなり、仕事熱心だった人が会社をサボるようになり、誠実だった人が嘘をつくようになります。パチンコに関連した事件・事故は、本人自身の問題というより、パチンコ依存症という病気によって引き起こされた可能性が高いと考えてください。ある調査によると、現在、パチンコで遊ぶ人の数は約1千3百万人とされ、そのうち治療の必要なパチンコ依存症の患者数は、少なく見積もっても200万人を突破していると推計されています。その200万超のほとんどの人々が、自分が病気であるという自覚(=病識)もなく治療を受けず、借金を重ねながらパチンコ店に通っています。しかも本人の心の中では、「パチンコをやめたいけど、どうしてもやめられない」と悩み、そして時には「いつかはやめられるさ」と諦めと開き直りの感情を抱きながらです。パチンコ依存症の患者たちは、やめられない自分の意思の弱さを責め、次第に激しい自己嫌悪に陥り、最悪の場合、自殺を選ぶようになります。この国は恐ろしい精神疾患を招く危険なパチンコを長い間放置してきた一方で、タバコは健康を害するという理由から排斥してきました。であれば、タバコよりはるかに有害なパチンコを公衆衛生(精神衛生)の観点から見直すのは、しごく当然のことです。

1年間で、ひとり平均160万円をパチンコに使っています。
パチンコ1人当たりの年間の消費額パチンコで遊ぶ人口が1千3百万人と先に述べましたが、ひとり当たり、どれくらいのお金をパチンコに使っていると思いますか?驚くべきことに、ひとり当たり1年間で160万円です。彼らの年収は、いったいどれほどなのでしょうか?パチンコに年間160万円も使うことができるほど経済的に余裕のある人たちなのでしょうか?いいえ、実際にはそうではないようです。生活保護費や年金の支給日になると、パチンコ店のその日の売上がいっきに上がると言われています。射幸心を煽られ、なけなしの金を元手にパチンコで増やそうと躍起になる客。負ければ負けたで、その負けをまた同じパチンコで取り戻そうとする客。結果、ひとり平均で年間160万円もの大金をドブに捨てているのです。すぐに手元の金は無くなり、サラ金から借りてまでパチンコをやる。やがて数百万、数千万円の借金を抱えていきます。ある人は私に問います。「ギャンブルにはパチンコ以外に競馬や競輪などいろいろあるが、なぜパチンコばかりを叩くのか」と。私は答えます。「パチンコは競馬や競輪などの公営ギャンブルとは根本的に違う」と。その理由を挙げると、まず競輪・競馬などはレースが開催される日がひと月に数度と限られていること。さらに開催場所は首都圏でも数ヶ所に限られ、観戦に行くには電車などの交通機関を利用しなければならないこと。つまり、公営ギャンブルにおいては、こうした不便さが「ハードル」となって、賭け事にのめり込みがちな心に歯止めをかけているのです。しかし、一方のギャンブル・パチンコは、駅前や商店街といった身近な場所にあり、連日休みなく朝10時に開店し夜11時まで営業を続け、人々にとって手軽なギャンブルとなり、さらには、人気のアニメやドラマをキャラクターとして用いた新台を次々に投入し、テレビ・コマーシャルを打ち、さかんに射幸心を煽っています。その結果、パチンコで遊ぶ人たちの心の歯止めが効かず、パチンコ依存症という精神疾患を蔓延させてきたのです。競馬や競輪などの公営ギャンブルは、国や自治体によって運営され、その収益は国庫や地方に納付され地域の福祉を支えてきましたが、パチンコは私設のバクチ場として、連日休みなく朝から晩まで、経営者側の不健全な形によって、あくまで経営者側の私的な利益をひたすら追求してきたのです。

東電管内のパチンコ店の電力消費量は415万kW、一般家庭43万世帯分。
東京電力管内のパチンコ店の電力消費量左の表は、読売新聞3月24日朝刊の計画停電に関する記事の中で使われた「東京電力管内の主な産業や施設などの電力消費量」の一覧表です。これによれば、東京電力管内のパチンコ店が消費する1日あたりの電力の量は415万kW、一般家庭に換算すると、約43万世帯分に相当します。参考までに言えば、人口88万人の世田谷区がちょうど約43万世帯。東京電力管内にパチンコ店は約4千店。この4千店が世田谷区の43万世帯と同じ量の電力を消費していることになります。この新聞が発行された3月24日時点での東京電力の電力供給量は約3700万kW。当時、パチンコ店が節電なしに営業していたと仮定すると、電力供給量の約10%以上をパチンコ店が消費していたことになります。4月半ばにおいても、駅ホームのエスカレーターは節電のため停止されたままです。電車の中の空調もオフになったままです。ちなみに、事故を起こした福島第一原子力発電所の1号機から6号機までのフル稼働での総発電力は470万kWだそうです。

自動車産業全体の売上40兆円、パチンコ業界は21兆円。
パチンコ台とパチンコ玉パチンコ業界の年間売上は約21兆円で、自動車産業全体の売上が約40兆円と聞けば、パチンコ業界の売上がいかに巨大であるか理解できます。自動車産業は、日本の基幹産業として輸出され外貨を稼ぎ日本経済を潤し、国民生活を豊かにしますが、パチンコは何を生産しているのでしょうか。パチンコが生み出しているものは、依存症で苦しむ患者の増大と家庭の崩壊、そして治安の悪化だけです。社会の不幸のみを生産するパチンコをこれまで通りの営業を続けさせてよいものでしょうか?3月11日の大震災を機として、いま一度、考えてみるべきだと思います。パチンコに興じる1千3百万の人々が投じる21兆円ものお金をパチンコ以外で使ってもらえれば、この国の経済は、瞬く間に活性化し、大震災からの復興を見事に遂げることができるのです。1年間にパチンコに使う160万円で、新しい自動車を買い、電化製品やインテリアを揃え、家族や友人たちと旅行や外食を楽しむことによって、そこに新たな市場が出現し、そこに産業が起こり、雇用が創出されることになるでしょう。かつては、韓国や台湾にもパチンコがありました。しかし、「人間を怠惰にして、人生を狂わせる」という理由で全面的に禁止されました。パチンコによって狂わせられたままの国、それが日本です。日本社会を内側から蝕(むしば)んできた元凶、それが駅前のアヘン、パチンコなのです。

上記の文をA4両面刷りのチラシとして制作しました。全国での拡散をお願いします。pdfファイル(266KB)としてアップロードしましたので、自由にダウンロード、印刷して使ってください。ここからダウンロードできます⇒pachinko_chirashi0507.pdf (266KB)

追記 - 2011年5月12日

パチンコは娯楽ではなくパチンコは違法賭博です。
パチンコは娯楽やレジャーではありません。パチンコは疑う余地もなく賭博(とばく)です。パチンコが賭博ではないと否定する人はいません。いや、おそらくパチンコ屋さんだけが口が裂けても「博打」とは公言しないでしょうが。パチンコ業界は「三店方式」という用語を使い賭博ではないと詭弁を用いて世間を煙に巻いてきたにすぎません。パチンコ屋で得た景品が、交換所で現金化され、その景品がもとのパチンコ屋に戻ってゆくのですから、否定しようのない違法な賭博なのです。

もちろん、賭博には、パチンコ以外に競馬、競輪、競艇など公営ギャンブルといったものがありますが、パチンコは私設の賭場であり、公営ギャンブルとは異なります。日本国には、パチンコのような私設の賭場を固く禁じた法律が存在します。刑法・第2編第23章「賭博及び富くじに関する罪」とあり、その第186条の2に「賭博場を開帳し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する」とあります。日本は法治国家なのですから、当然ながら警察は社会の治安と秩序を維持すべく、粛々と法令の職務執行を行わなければなりません。しかしながら、警察はその職務を怠り、パチンコを違法と熟知しながら、眼を瞑り、それを摘発せず、一方では、カジノにおける三店方式や仲間同士のお遊びである野球賭博や賭け麻雀を取り締まるといった、一貫性のない、きわめて公平性の欠ける姿勢をとっています。つまり、警察自身が、法と正義に背を向けてしまっているのです。

パチンコ屋からの多額の金にどっぷりと浸かってしまった警察。このような堕落しきった組織が日本の警察です。今や、この国のどこに正義があるのでしょうか?すべての警察官が悪人とは言いません。しかしながら、ある程度の数の悪人を警察内部に抱えていることは事実です。そして、彼らの背任行為を見てみぬフリをしてきた周囲の警察官。警察内部に、この国を憂う正義感を持った警察官が内部告発と浄化に立ち上がる日がくることを期待すると同時に、私は、この国を変えることができるのであれば、躊躇なく「暴力」を行使するでしょう。この日本国内において、流血を伴う暴力が必要な時期がもうそこまで来ていると思います。革命には、かならず流血を伴うものだと思います。でなければ、この国には未来はないのです。次世代に、違法なギャンブル・パチンコを残してはなりません。正義に背を向け悪の権化と化した警察官、これ以上のさばらしてはいけないのです。戦いましょう。

追記 - 2011年5月17日

5月25日(水)はパチンコ違法化を求める議員と国民の大会へ
5月25日水曜日、東京都豊島区の豊島公会堂にて、荒川区議会議員・小坂英二氏を代表世話人とする「パチンコ違法化大幅課税を求める議員と国民の会設立大会」(入場:無料)が開催されます。ぜひ、多くの方々のご参加をお待ちしております。

日時:平成23年5月25日(木)
18:30開会(18:00開場)

場所:豊島公会堂(池袋駅東口下車徒歩5分・豊島区役所隣り)
東京都豊島区東池袋1-19-1 Tel.03-3984-7601

プログラム:
・若宮 健 氏:基調講演(「何故、韓国はパチンコを全廃できたか」著者)
・パチンコ依存症で苦しまれた方たちの体験談
・来賓よりの挨拶
・シンポジウム
・賛同議員からのアピール
・共同宣言採択他。詳しくは、http://kosakaeiji.seesaa.net/article/187462302.html

追記 - 2011年5月23日

震災後2ヶ月後の首都圏に住む3千人超の人を対象に「節電のために減らしてよいもの」と「減らしてもらいたくないもの」を訊ねた調査結果を(株)クロス・マーケティングと(株)リサーチ・アンド・ディベロプメントの共同で発表しました。その調査結果によると、全体の77.6%が「節電のために減らしてよいもの」として「パチンコ・ゲームセンターの消費電力」と回答しており、他の選択項目を凌いで1番となっています。この結果は、震災後の計画停電で多くの人々が不自由な生活を強いられている最中、駅前のパチンコ店だけがチンチンジャラジャラと朝から晩まで通常営業をやっていることへの強い不満の現われだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

調査概要:
■対象地域: 首都圏40km圏
■対象条件: 18~74歳男女個人
■実施時期および有効回答数: 2011年5月12日~5月15日 [3,050サンプル]
※いずれの調査についても、性別、年齢別に首都圏の人口構成比に比例するよう回答データに補正(ウェイトバック)をかけている。


駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ。
女性専用車両-社会に注入された猛毒

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駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ。 April 16, 2011

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皆が節電に努める中、通常どおりのパチンコ店

計画停電下でのパチンコ店営業、呆れた無節操さ。
東北の太平洋沖で大地震が発生した3月11日が金曜日。その3日後の月曜日、3月14日の朝、職場へ向かうべく駅まで行くと、駅のシャッターが完全に降りていた。「計画停電のため終日運休」と張り紙があった。仕方なく、駅から自宅へ今来た道を戻り始めた矢先、チンチンジャラジャラといったパチンコ店の音。思わず、パチンコ屋のドアを開け、豪雨のようなパチンコ玉が流れる音と耳をつんざく電子音の中をカウンターにまっしぐら。「おい、店長呼べ!」と怒鳴ると、「どうしましたか!?」と茶髪の女。「どうもこうもない!なに営業やってんだ!」「はぁ?」「はぁ、じゃない!はやく店長呼べ」と大声で言うと、カウンターの後ろから店長が現われ、「いきなり何ですか?あなたは」とキョトンとした表情の店長。「この町全体で節電やっているのに、なんでお前の店は営業やってんだよ。駅でさえシャッター閉めてんだぞ!」と言うと、「私たちは、これが仕事ですから」と店長。「みんな節電に協力して仕事やってないんだよ。第一に職場に辿り着けないんだ。わかったか!はやく店、閉めろぉぉぉ!」と超大声で怒鳴り散らかすと、パチンコやってた客がみな口をポカンと開けて、こちらを見ている。店長が「お客さんが迷惑してますよ。営業妨害ですよ!」、私が「なにが営業妨害だ。俺は営業をやめろって言ってんだ!!!」と怒鳴ると、「警察に通報しますよ!」と店長。・・・とすったもんだしていると、偶然自転車で通りがかった警官。「どうしました?」 、私はすかさず店長を指さしながら、「おまわりさん、コイツを国家反逆罪で逮捕してください」・・・と、後の話は割愛させていただきますが、一応これ、ノンフィクションです。

読売新聞3/23朝刊より「産業別の電力消費量」

東電管内のパチンコ店の電力消費量は世田谷43万世帯分。
福島第一原発事故以降、計画停電や節電の呼びかけが行われ、駅のエスカレータの使用が控えられ電車内の空調や照明まで消されている最中、なぜパチンコ店が朝10時から夜11時までの平常営業をやっているのか?読売新聞3月24日朝刊の「東京ドームでのプロ野球公式戦の開幕戦延期云々」の関連記事の中で使用された資料中に、「東京電力管内の主な産業や施設などの電力消費量についての一覧表」が掲載された。その表によると、東京電力管内のパチンコ店が消費する1日あたりの電力の量は415万kWh。一般家庭に換算すると、約43万世帯分に相当するとしている(参考:世田谷区は約43万世帯、人口88万人)。この新聞が出た3月24日時点での東京電力の最大電力供給量は約3700万kWhであったのだから、パチンコ産業だけで(営業自粛なしの条件下で)、電力供給量の約11%を消費していたことになる。読売新聞は、この数字は、平成22年12月の全日本遊戯事業共同組合連合会の調査報告書にある数字に基づき算出されている。この調査報告書によると、全国11,579のパチンコ店を対象とし、その83.5%にあたる9,666店が回答し、うち電力消費量について82.1%が回答。その結果、全国の9,512店の電力の年間の総消費量は約81億1千万kWhで、うち東京電力管内が15億1千万kWh。その年間の総消費量15億1千万kWhを365日で割って、約415万kWhを算出した。石原慎太郎氏は、都知事選挙の際、「東京電力管内のパチンコ店は1日あたり450万kWhの電力を消費している」と言ったが、読売新聞の415万kWhという数字は、パチンコ店全店の約82%ほどのカバー率である調査に基づいて算出されたものだから、回答率を100%と考えて推計すれば、ほぼ450万kWhとなるので、ある程度、妥当な数字と言えよう。であれば、福島第一原発の総発電量は470万kWであるから、東京電力管内の3600店(+α)の全店の電力を賄うために、この原子力発電所は建設されたようなものだという考え方もできやしないか。

パチンコ・エヴァンゲリオンのリーチ前

パチンコは娯楽ではない、パチンコはアヘンだ。
私は、計画停電の有無に関係なくパチンコに反対である。また、パチンコ店を経営者の9割以上が在日朝鮮人・韓国人および帰化した人であるという理由からパチンコに反対しているわけでもない。売上げが朝鮮総連を通じてテポドン・ミサイルになって日本に帰ってくるからでもない。純粋にパチンコは諸悪の根源であり、日本社会に注入された猛毒、根元から断つべき存在だと、私は、そう純粋に考えている。パチンコは娯楽ではない。パチンコは博打だ。しかも、ユーザーを依存症へと引きずり込み、最終的に人生や家庭、そして社会そのものを崩壊させる現代のアヘンであるからだ。多くの人がパチンコに嵌り、街金から金を借り、経済的に破綻し、金銭問題で夫婦の絆・家族との絆をズタズタにし、金欲しさに犯罪に走り、本人の人生が破綻するばかりでなく周囲の人間までを悲痛のどん底へと陥れ、社会全体の治安を悪化させる。そんなパチンコ店が日本じゅうの駅という駅の前に必ずある・・・。異常だとは思わないか?ある人は言う、「パチンコは娯楽だ。パチンコは楽しい」と。私は言う、「楽しい?ほう、では換金をするな。純粋にパチンコというゲームをただ楽しめばよろしい」と。ある人は言う、「それだけでは面白くないんだ。やっぱり金を賭けて、儲かるからパチンコは面白いんだ」と。私は言う、「やっぱり金か。あなたはパチンコという賭博が面白いと言っているんだよね。儲かるから面白いのであるなら、儲からなければ面白くないのか?」と。ある人は言う、「パチンコで4、5万使ってしまった日には、負けた悔しさを通り越して、なんて俺って馬鹿なんだろうって落ち込んでしまう」「じゃあ、止めればいいじゃない」と私が言うと、「でも翌朝には、昨日の負けを取り戻さなくちゃって思ったりしている自分がいる」と。私は問う、「それで、昨日の負けが取り戻せたのか?」と。すると「前日の負けが戻せる場合もあるし、戻せない場合もある・・・どちらかと言うと戻せない場合が多いな」と言う。私は「じゃあ、結局は負けが込んでいるじゃないか。この1年でいくら使ったんだ?いくら負けたんだ?」と問うと、「いくらだろうか?考えたくもないなあ」と答える。「じゃあ、ひと月にパチンコにいくら注ぎ込んでいるんだ?」と訊ねると、「14、5万ぐらいかな。でも勝つこともあるよ。たまにだけど。3、4万ぐらい」と顔が曇る。私が「パチンコのどこが娯楽か!地獄そのものじゃないか。パチンコ、思い切ってパチンコやめろよ!」と言うと、この人は自分の頭を抱えながら、「パチンコやめたい、でも、どうしてもパチンコやめられないんだ!」と言う。私は答える、「それは病気だよ。パチンコ依存症だ。然るべき治療の必要な病気だ。ところで、2年ほど前に、付き合っていると言っていた彼女は?いまどこ?」、「・・・・」。彼は、常にパチンコをやめたいと苦しんでいるが、パチンコ店の前を通ると、つい店に入り、パチンコ台の前に座っていると言う。負けるとひどく落ち込むが、負けが込むほど、なんとしても負けを取り戻さなければと思うらしい。寝ても醒めても、パチンコ台のリーチの瞬間のけたたましい音と派手な照明のフラッシュが、常に彼の頭の中でチラついているらしい。手に汗握るリーチの瞬間を求め、パチンコ台の前に座るのだと。彼が街金から200万円ほど借金をしていることを知った。2年ほど前まで付き合っていた彼女は彼にパチンコをやめるよう何度も懇願し、いつもそれが喧嘩のもとだったそうだ。やがて彼女は彼から去っていったそうだ。私は彼を救いたいと思った。パチンコに嵌る彼が悪いのか?それとも、うまく人が嵌るように射幸心(しゃこうしん)を煽るパチンコ店が悪いのか?それを摘発して廃止しない今の政府が悪いのか?そもそもパチンコは娯楽ではない。パチンコはアヘンだ。そして彼はアヘンの常習者であり、パチンコ店はアヘンの売人である。まず第一に取り締まるべきはアヘンの売人だ。私は、ひとりでも多くの人がパチンコで不幸に陥ることのないよう、日本全国のパチンコ台をすべて焼き払いたいと思った。

ネオン・チカチカの下品極まりないパチンコ屋

職業には貴賎がある。
私が「パチンコ店を廃止せよ」と主張すると、「パチンコ店で働いている人たちの雇用はどうなるのか?生活はどうなるのか?無責任なことを言うな」という人がしばしば現れる。私は答える。「この機会に転職すればよいではないか?もっと他人を幸せにするような仕事を探せばよかろう。この国には職業選択の自由がある。他業種に自由に移ることができる」と。大変面白いことに、パチンコ・ファンらしき人は「パチンコは楽しい、パチンコは娯楽だ」と言うが、パチンコ店に勤める店員のほとんどの人がパチンコをしない。自分では好ましく思っていない商品やサービスを客に熱心に勧める業界を、私はパチンコ産業以外に知らない。パチンコが本当に面白いモノであって、パチンコが客を本当に楽しませ満足させるものであるならば、パチンコ店に勤めている人間は暇な時間はパチンコをいじって遊んでいるはずだ。しかし、それは皆無だ。なぜなら、彼らはパチンコ店の裏側を知っているからだ。パチンコが儲からない仕組まれた博打だと知っているからだ。そしてパチンコがいかに恐ろしいものかを熟知しているからだ。パチンコ産業で働く人々は、パチンコは予め仕組まれた馬鹿々々しい博打であり、パチンコに嵌った客は愚かで可哀想なカモだと思っている。日本人はしばしば「職業に貴賎なし」という文言を口にするが、私は職業には貴賎があると思う。他人を幸せにする仕事がある一方で、他人を不幸にしてしまう仕事がある。他人を不幸に陥れる仕事は、やはり卑しい仕事だと思う。収入が多少よいからという理由で、他人を騙したり、貶めたりする仕事はやめるべきである。やはり仕事というのは、自分の労働の報酬として客の満足した笑顔を見ることと心得るべきだと思う。「職業に貴賎なし」という文言は、自己を犠牲にしてまで他人の命を救おうと、社会のために貢献しようとしている多くの人々を、泥棒や詐欺師と一緒にするようなものである。

パチンコを廃止すれば、日本は必ず再生する。
日本の国の税収は36兆円、そしてパチンコの市場規模は23兆円(数年前まで30兆円を超えていた)。1年間にパチンコに23兆円という膨大な金が湯水のように流れている。パチンコをやる人は、パチンコやるはずのお金で、新しい車を買えばいい。ちょっとおしゃれな服や靴を買えばいい。家族や彼女と普段は行くことのないレストランで食事すればいいと思う。パチンコに流れる23兆円という膨大な金が動くことで、顕著な経済効果をもたらす。新たな需要が喚起され、そこに新しいマーケットが出現し、新しい産業が起こり、雇用を生む。ちなみに日本の自動車産業は約44兆円だそうだ。全国からパチンコ店が無くなれば、日本は必ず再生に成功する。

追記 - 2011年4月20日

津波よ、我欲の塊・パチンコを一気に洗い流せ。
震災から3日後の3月14日に記者会見した石原慎太郎氏の「津波で我欲洗い落とせ・・・天罰だと思う」との発言。多くのマスコミ、特に朝日や毎日などの反日マスコミを中心に、石原氏の「天罰・・・」の言葉尻を捉え、ここぞとばかりに、石原氏があたかも「被災者が津波にあって亡くなったのは天罰だった」と発言したかのように印象を操作する報道を行った。それに煽られた情報に対してフィルターを持たない多くの人々が異口同音に「天罰なんて酷い、不謹慎だ、被災者は天罰で死んだのではない」と石原氏を批難した。それじゃあ、石原氏のこの天罰発言を批難した人々は何をしていたかというと、食料が無くなると聞くや、普段は口にもしないようなカップラーメンを大量にカゴに入れ、スーパーのレジに並び、水道水にわずかでも放射能が検知されると、ミネラルウォーターのペットボトルを買占めに走る・・・なんとも浅ましい。テレビの画面で被災者の悲惨な現状を見ては、ネットの掲示板に「泣けてくる~(´;ω;`)」などと書き込みながら、次の瞬間、スーパーで食料買占めで己の我欲をむき出しにする。いまの日本人にはプライドも人間としての尊厳の欠片さえもない。餓鬼道に落ちてしまった亡者たちの姿だ。石原氏の言うところの天罰は、日本人にひとりひとりに降されたのだと思う。

レジャー白書2009によると、パチンコの遊戯人口は1700万人以上とされ、ひとりあたり年間20回以上パチンコ店に通い、1年間で12万円以上を使ったとされている。この情報はあくまで「平均」であり、パチンコ店に嵌った客、付き合いでパチンコ店にちょっと寄っただけの客、それらを合わせて割って平均を求めただけの数字だ。これはレジャー白書にはない情報だが、パチンコ店側の情報によると、役所での生活保護費の支給日や年給支給日となると、その日は他の日に比べてパチンコ店の売上げが著しく伸びるそうだ。つまり言うまでもなく、これは生活保護費を受けるだけの低所得者が生活保護費を握ってパチンコに通っていることを示している。自分で働いて得た金ではなく、生活に困窮している者へ支給される公の福祉の金、つまり税金がパチンコに使われているという現実。そして、この少ない手持ちの金=生活保護費を射幸心に駆られて何倍かに増やそうと、絶対に勝ち目の無いパチンコに湯水のように注ぎ込まれている・・・これぞ我欲、これぞ餓鬼の世界だ。こんな哀れな日本の姿こそ本当の天罰だと思う。

政権にしがみつく我欲の菅直人

参考までに-石原知事「津波で我欲洗い落とせ」「天罰だ」の真相
2011.3.14 21:37 東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ、「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。積年にたまった日本人のあかをね。やっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ」と述べた。知事は一連の発言の前に、持論を展開して「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と語っていた。同日、この後に開いた記者会見で「天罰」の意味について「日本に対する天罰だ」と釈明。「大きな反省の一つのよすがになるんじゃないか。それしなかったら犠牲者たちは浮かばれない」と話した。
MSN産経ニュース” target=”_blank”>http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110314/lcl11031421380004-n1.htm”>

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Do you still believe Nanking Massacre? August 26, 2010

Posted by TAMAGAWABOAT in Andrzej Wajda, Frank Capra, Japan, Katyn, Nanking Massacre, Rape of Nanking, TIBET, TIBET UPRISING, Yasukuni.
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Do you still believe that so-called the Nanking Massacre  (or the Rape of Nanking) actually happened in December 1937?  To be honest, I too believed ‘the Nanking Massacre’ blindly until just 7 or 8 years ago. 

As I remember, when Ishihara Shintaro, the current governor of Tokyo was still a Diet member in the mid-1990s, he commented in an interview with mass media, “I know it is said that the Japanese Army committed the Nanking Massacre.  But the Nanking Massacre is not a historical fact.  This is a hoax by China.  Japan’s image was badly tarnished by this hoax.”  I watched the news on TV.  I remember that I barked at TV in anger then, “What!?  Ishihara Shintaro is also going to deny America’s atomic bombing?  Denying Nanking is tantamount to denying Hiroshima and Nagasaki.”   I suppose that some of the people who believe the Nanking Massacre have the same experience in saying or thinking as I said to TV then.  I thought about what caused such a reaction to denial of the Nanking Massacre.  Why do you think I said that denying the Nanking was tantamount to denying Hiroshima and Nagasaki then?  Why do you think I thought about war crimes in sets with Hiroshima/Nagasaki and Nanking?  Why do you think I got angry at Ishihara’s comment then?

I think this is a kind of conditioned reflex to denial of the Nanking Massacre.  For example, I associated Hiroshima and Nagasaki with Nanking.  In addition, I felt righteous anger toward the person who denies the Nanking Massacre as if I represented justice in the world.  It’s my guess that I was imprinted a kind of conditioned reflex in my subconscious mind somewhere (at school, in movies,  at museums or through mass media).  This is a kind of brainwashing.   Therefore, whenever I attempt to appeal for atrocious and inhuman acts of atomic bombings on Hiroshima and Nagasaki, someone counter-argues that atomic bombings were paid the penalty for the Nanking Massacre.  So to speak, the Nanking Massacre is often used for the purpose of avoiding blame for atomic bombings,  and is used for the purpose of preventing Japan from being the true victim of WW2.

The rise of the internet has increased opportunities to enlighten Japanese Internet users about historical truth which have been hidden by left-leaning mass media.  As a result, it has become known that China has been spreading lies about the Nanking Massacre to the world.   Over the past dozen years or so, Tanaka Masaaki, Kitamura Minoru, Higashinakano Shudo, Ara Kenichi and other many Japanese historians have inspected each single photographic evidence that China is presenting to prove Japanese soldiers’ atrocities in Nanking.   For example, China is presenting many photos as evidence of the Nanking Massacre.  The total number of photos that China is presenting is 143.  Surprisingly, it has been revealed that all 143 photos that China is presenting as photographic evidence turned out to be fake or utterly irrelevant to the Nanking Massacre.  That is, there is not a single photographic evidence of Japanese soldiers’ atrocities in Nanking.  However, China keeps presenting these fake photos as evidence at the Nanjing Massacre Memorial Hall opened in 1985.   Higashinakano Shudo’s inspection on 143 photographic evidence was published as a book in January 2005.

I think you are still half in doubt.  I hope you are not upset.  Please bear with me for a moment.  Furthermore,   when Chinese Premier Wen Jiabao visited Japan in April 2007, ‘Committee for the Examination of the Facts about Nanking’ published open letter to Jiabao.  The open questions are follows.
 1) The late-leader Mao Zedong never mentioned the Nanking Massacre.
 2) Between December 1, 1937 and October 24, 1938 the Chinese Nationalist Party Government (Kuomintang) held 300 press conferences with foreign journalists in Hankou.  But the Chinese Nationalist Party never mentioned “citizens being massacred in Nanking,” or “hostages being murdered unlawfully”.
 3) According to the record published as a book by the International Committee for the Nanking Safety Zone (Ernest Forster, John Rabe, Lewis Strong, Casey Smythe, Eduard Sperling, George Fitch and so on) in 1939,  the population of Nanking stood at 200,000 prior to the Japanese occupation. This population level remained unchanged during December. Records show the population to be 250,000 one month after the Japanese occupation of the city began.
 4) What is more, in this book published by the International Committee for the Nanking Safety Zone, there is a list of detailed complaints against the Japanese army’s criminal activities. The list includes a total of 26 murder incidents, of which only one case was witnessed but it was judged to be a lawful killing and thus noted in the book.
 5) Numerous photographs said to be proof of the Nanking massacre are being displayed in books and at many exhibitions including the Nanjing Massacre Memorial Hall in Nanking. However, it has been revealed by scientific studies that there is not a single authentic photograph offering proof the massacre actually happened.

China claims that more than 200,000 people including ordinary citizens were killed by the Japanese army for two months after the fall of Nanking in December 13, 1937.  There must have been a giant pile of dead bodies if it is true.  However, not a single corpse has been found yet.  I know some corpses are exhibited in the Nanjing Massacre Memorial Hall.  But those corpses have not been examined into the cause of deaths.  Where did this Memorial Hall bring those corpses from?

Do you know the Katyn Massacre?  The Katyn Massacre is a hair-raising historical incident that more than 20,000 Polish officers were killed by Stalin-era Soviet military in 1940.  This incident was exposed to the world by Nazi Germany which found out massacred corpses of Polish officers near the forests of Katyn in February 27,  1943.  Nazi Germany investigated the cause of those deaths and strongly condemned Soviet for Katyn Massacre as follows.
 1) Ropes which were used to bind corpses turned out to be Soviet-made.  Ropes were tied the Russian knot.
 2) Some corpses had bayonet scars.  This bayonet turned out to be the Soviet military’s.
 3) It is estimated that those Polish officers were killed around April of 1940 from issued date of Russian newspapers which a lot of Polish corpses had in their pockets.
 4) Bullets shot into corpses turned out to be Germany-made.  But Nazi Germany proved that bullets had been exported to Poland and Soviet before 1939.
After the war, however, Soviet tried to frame Germany up for the Katyn Massacre at Nuremberg Trials (1945-1946) even though Soviet committed and knew it.  It had been regarded as taboo to get to the bottom of the Katyn Massacre in Poland under Sovietized socialist regime (1945-1989).  In 1990, Gorbachev Administration of Soviet disclosed documents that Stalin ordered the Soviet military to kill Polish captives.

Do you understand the differences between Katyn and Nanking?  First of all, a murder case needs a corpse or a dead body.  The Nanking Massacre is believed as a kind of mass murder. However, the Nanking Massacre is mass murder which is supported only by eyewitness testimonies.  To find out a dead body is the first step in the investigation of a murder.  So it is natural that the people, who want to get to the bottom of the Nanking Massacre, should find out corpses of victims first.  Because there are a lot of eyewitness testimonies of the people who saw Japanese soldiers’ atrocities in Nanking 1937, right?  Why the people, who want to get to the bottom of the Nanking Massacre, don’t try to find out corpses based on eyewitness testimonies?  I know the Nanjing Massacre Memorial Hall exhibits corpses.  But why the Memorial Hall keeps refusing to accept Japanese investigation team?  It seems that China doesn’t want get to the bottom of the Nanking Massacre even though China is eager to produce propaganda movies about the Nanking Massacre.  Therefore, I always describe the Nanking Massacre as Victimless Murder.  The crucial difference between Katyn and Nanking is the difference between historical fact and hoax.

In a moment of cool-headed, it becomes clear that the Nanking Massacre is a questionable story.  Why do you think I got angry at Ishihara’s comment a dozen years ago?  Why I lost my cool then?  Because I was brainwashed and I had been implanted aggression (=righteous anger) against denier into my mind to prevent from cooling down. When and where was I implanted it?  And more, there is a very important thing that we forget about China.  This is the true genocide, the true holocaust and the true ethnic cleansing are ongoing in China now.  We must not forget more than 1.28 million Tibetan people were killed for the past 60 years since 1949 that China took over Tibet.  I think that the hoax of the Nanking Massacre is a distraction that China threw to the international society for the purpose of distracting the world’s attention from the Rape of Tibet.

P.S. – August 28, 2010

Please check the video below.  (*It is not my account.)  This is the Video titled “the Fake of Nanking” that I uploaded to YouTube in May 2007.  I produced this video to expose the fake of the Nanking Massacre that America and China fabricated for the purpose of setting Japan up as the hideous rogue nation in wartime.  America produced a wartime propaganda movie titled “the Battle of China” (directed by Frank Capra, 65 min) to foment American people’s hatred toward the Japanese people in 1944, when WW2 was near its end.  In the Battle of China, there is the scene, where the mysterious soldiers who look like Japanese soldiers,  shoot two persons to death as Japanese soldiers’ atrocities in Nanking.  The scene where the mysterious soldiers shoot two persons to death was exposed as Kuomintang soldiers (KMT or Chinese Nationalist Party) to the public.  Moreover,  the scene where Kuomintang soldiers shoot two persons turned out to be a part of “the Shanghai Document”  (directed by Yakov Bliokh,  54 min) that was produced as a documentary movie (in the former Soviet Union in 1928.  What is more, Frank Capra trimmed away the part of Kuomintang soldiers from the film of “the Shanghai Document”,  additionally,  Frank Capra inserted the footage of a Japanese officer’s crying “Hajime!”(=start in Japanese) into this scene to make this footage look like that Japanese soldiers’ atrocities.  The Nanking Massacre is believed to have happened in December 1937.  Why do you think Frank Capra used the 1928 Shanghai’s footage as a 1937 Nanking’s footage in the Battle of China?  Because there was no footage that proved the Nanking Massacre when Frank Capra produced “the Battle of China” in 1944.  So he had no alternative but to make up the scene of Japanese soldiers’ atrocities with trimming away the footage of Kuomintang soldiers from the Shanghai Document.

P.S. – August 30, 2010

I know there are a lot of the people (self-proclaimed survivors) who witnessed Japanese soldiers’ atrocities at the time in Nanking.  I know there are some former Japanese soldiers who give testimony that they massacred Chinese civilians, too.  I know there are plenty of testimonies.  However, we should understand that testimony is testimony, testimony doesn’t have the same meaning of evidence and testimony always needs to be verified its credibility.  We should think back on what happened during the height of the Cultural Revolution (1966-1974) in China.  It is the age of madness.  Chinese people criticized each other and injured each other’s reputations by telling lies to survive under the fierce power struggle.  It is said that more than innocent 30 million people were framed up by others’ false accusations, were put on mockery trial by anonymous tip or testimonies, and most of them were executed for crimes they did not commit.  The more we know about Chinese history, the less we can believe Chinese people’s testimonies.  We should understand the racial characteristic of Han Chinese.  We should understand how incredible Han Chinese people are.  Do you think I am racist?  I think you want my opinion about why there are former Japanese soldiers who testify that they committed atrocities against Chinese people. So let me tell my opinion as follows.  If a person gives testimony relating to what the Japanese Imperial Army committed against the enemy or civilians,  he needs to give out identifying information (name, birth date, birth place and so on) and attached unit of the Japanese army.  Because their testimonies have effects on the Japan’s and Japanese ancestors’ honor.  However, almost former Japanese soldiers, who give testimony that they massacred Chinese civilians, always tell irresponsible lies about their identifying information.  Who can believe testimonies of self-proclaimed former Japanese soldiers who never clearly identify themselves?

Please check PHOTOS OF NANKING MASSACRE

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靖国神社-彼らは何のために死んだのか? August 18, 2010

Posted by TAMAGAWABOAT in Blogroll, History, Japan, Japan Bashing, racism, WW2, Yasukuni.
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この文は、私が終戦の日を前にして8月13日に、このブログにあげたYasukuni Shrine-3の日本語訳です。ある意図(英語圏の人でなく日本人にぜひ伝えたいという思いがあり、若干、文章を変更しています)があって、和訳の文章は英文とは別のページとしました。

私は、あるユーチューブのビデオを観ました。64回目の大東亜戦争(驚いたことに、アメリカでは大東亜戦争のことを太平洋戦争と呼ぶらしい。中国戦線やビルマ戦線も太平洋なのか?)の終戦の日にあたる昨年の8月15日、靖国神社にて、ピエール・パリゾというカナダ人(フランス系かな?)が田母神俊雄・元航空幕僚長に対して失礼な言葉をかけ、周囲にいた人たちとの間で、ちょっとしたいざかいを起こしたというビデオです。ピエール・パリゾ氏は、講演を終えてあるケーブルテレビのインタビューに答えていた田母神氏に対して、突然、挑発的な言葉を投げかけました。「あなたがドイツ人だったら、あなたは憲法違反で逮捕されますよ。それをどう思いますか?」と。田母神氏の講演を聞いていた何人かの日本人が、このパリゾ氏の田母神氏に対する失礼な言葉に怒りをあらわにしました。

私は、日本人がパリゾ氏に対して怒る気持ちはわかります。しかし、このカナダ人にただどなり散らす日本人たちの態度にも少々がっかりしました。というのも、このカナダ人は日本人を最初から挑発しようと思ってわざと田母神氏に失礼な言葉をかけたことを、周囲にいた人たちは理解すべきでした。(しかしながら、彼らはその挑発に乗ってしまったのです) そして、私たち日本人が理解すべきことは、日本に滞在する欧米人10人のうち9人以上が、靖国神社や田母神論文について、このカナダ人・パリゾ氏と同様な考え方を持っているという現実を理解すべきです。ピエール・パリゾ氏は、過去に2~3回ほどジャパン・タイムズ紙に、靖国神社について否定的な記事を書いています。ほとんどの欧米人たちが、特に連合国(アメリカ、イギリス、オーストラリアなど)の人々は、自分たちは65年前、非人道的な独裁国家と戦い、そして人々をそれから解放したのだといった、いわゆるステレオタイプを持っています。それゆえ、連合国の人々が持つ歴史観を否定したり、それに反論するような人が現れたりすると、彼らは、決まってパブロフの条件反射のごとく、歴史修正主義者としてレッテルを貼ろうとするのです。右翼という言葉は、外国メディアによって、日本における歴史修正主義者という言葉に代わって用いられる用語です。歴史観の異なる相手に対して、しきりに歴史修正主義者とか右翼といったレッテルを貼ろうとする欧米人のほとんどが、実は最初から、歴史について議論などしようなどとは願ってはいません。だからこそ、ピエール・パリゾ氏は田母神氏に失礼な言葉を吐いた後、わざと顔にニタニタと嘲るかのような笑みを浮かべ、そしてそそくさと靖国神社から逃げるように去っていったのです。このカナダ人の最初からの目的が、日本人たちをただただ怒らせるつもりで、挑発したかっただけだったのは明らかなのです。(彼らって、結構悪質です) それで彼は何を欲してこうした行為をとったと思いますか?それは日本人に対する優越感でした。

実は、私も、ほんの数年前まで、ピエール・パリゾ氏と同様に、己の無知からくる思い込みで靖国神社に対するある種のレッテルを貼っていました。私は、靖国について、毒が盛られ耳をつんざく迷惑な音を撒き散らす右翼の下品極まりない黒い街宣車のイメージを持っていました。しかしながら、はじめて靖国の遊就館に入り、戦争で亡くなった6千を超える方たちの遺影の前に立ち、そして、たくさんの人々が残していった遺書を丹念にひとつひとつ読んでいくにつれ、私は、彼らが何のために死んでいったのかを理解し、遺書の中に、光輝く「人間の尊厳」を見ました。これほど眩しい「人間の尊厳」をかつて見たことは今でもありません。日本人は「人間の尊厳」などといった言葉を日ごろ簡単に使いますが、生まれながらにして「人間の尊厳」なんてあるとは私は思いません。自分の身を投げ出してまで、自分を犠牲にしてまで、他の人間を救おうとする姿、その瞬間こそ、人間は尊厳で輝くのだと思いました。

いったい彼らは何のために死んだのでしょうか。もし、あなたも先に述べたような思い込みしか持たないとすると、たぶん、あなたは「彼らは天皇のために死んだ」と答えるでしょうが。靖国神社・遊就館には、家族に宛てたたくさんの遺書がありました。これらたくさんの遺書は、なぜ彼らが命を懸けて戦ったのか、彼らは何を必死に守ろうとしたのかを私たちにに語りかけてきます。彼らには、命を懸けるだけの価値のあるものがあったのです。命と引き換えにするだけの価値があるものが、実はあったのです。妻、娘、息子、母親、そしてふるさと。彼らは命を賭してでも守るべきもがあったのです。私は問いたい。今の日本人にそれがありますか?今の日本人に命を賭すだけの価値あるものがありますか?その覚悟がありますかと。たとえ、戦場で「天皇陛下、ばんざい」と叫んで死んだとしても、彼らの最後の瞬間まで、いつも彼らの心と一緒にいたのは家族だったのです。そして最も私たちにとって重要なことは、これらの遺書は、日本の未来を将来の世代に託して死んでいったことです。死を決意し壮絶な想いで書き記した言葉と文字、それらは、どんな言葉よりも重いのです。彼らは日本の未来を、今に生きる私たちに託して逝ったのです。ですから、当然、命を懸けてこの国を守ろうとした人々の遺志を無視することは、決してあってはならないのです。しかしながら、日本のために人々が、今日の日本の有様を見たらどう思うでしょうか。子供が親を殺し、金と女に溺れる腐敗しきった政治家、そんな心の腐りきった社会のあり様を見たとしたら、きっと彼らはどんなにか嘆き悲しむことでしょう。今日の日本社会の堕落ぶり、日本人が終戦以来、ずっと靖国神社に背を向けてきた65年間の結果なのです。私自身、6年前、靖国神社にはじめて訪ね、そして自分がいかにそれまで感謝知らずの人間であったかを悟りました。

いま日本の政治の世界では、永住外国人に投票権を与えるべきか否かが議論を呼んでいます。私は日本政府にぜひ提案したい。私利私欲に駆られて日本にやってきた外国人に投票権を与える以前に、まずは優先的に靖国神社に英霊として祀られている2,466,532名の方々に投票権を与えるべきだと。私たちは決して忘れてはなりません。日本のために亡くなった2,466,532名の方々は、今を生きる私たちに、この日本を託したことを。私たち日本人は彼らの遺志に忠実に応える義務があるのです。そして、もうすぐ65回目の大東亜戦争の終戦の日がやってきます。靖国神社へ参拝の際には、ぜひ遊就館を訪ね、遺書を通じて彼らの想いに接していただければと思います。

TAMAGAWABOAT
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Yasukuni Shrine-3
駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ 

Yasukuni Shrine – 3 what did they die for? August 13, 2010

Posted by TAMAGAWABOAT in Blogroll, History, Japan, Japanese, Nanking Massacre, Rape of Nanking, WW2, Yasukuni.
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I watched a YouTube’s video that a Canadian named Pierre Pariseau said rude words against Tamogami Toshio (the former COS of Air Self-Defense Force ) and made a small trouble in Yasukuni Shrine on August 15th last year,  the 64th anniversary of the end of the Pacific War (=the Greater East Asian War).  Pierre Pariseau suddenly and provocatively said to Tamogami Toshio who finished his speech and was being interviewed by a cable television, “You would be arrested for unconstitutional if you were German. What do you think?”  A few Japanese, who were listening to Tamogami’s speech,  got angry at Pariseau’s rude words against Tamogami. 

I understand why these Japanese got angry with Pariseau. But I was a little disappointed at behaviors of these Japanese to shout furiously at this Canadian.  They should understand that this Canadian said rude words to Tamogami deliberately as a provocation and they responded to his provocation as he had expected.  We Japanese should understand that over 9 out of 10 westerners living in Japan have the same ideas about Yasukuni issue or Tamogami’s controversial essay as this Canadian.  Pierre Pariseau has written negative articles about Yasukuni Shrine for ‘The Japan Times’ two or three times.  The people who got angry with Pierre Pariseau should recognize almost westerners, especially the Allies’(America, Britain, Australia and so on.) people have stereotype that they Allies fought against inhuman Fascism states 65 years ago and liberated the people from it.  Therefore, if the person who denies or argues against the Allies’ historical perspective appears in front of them, they routinely try to label him/her as historical revisionist like Pavlov’s conditioned reflex. The word ‘Uyoku (Right Wing) ‘ is the term applied in place of ‘historical revisionist’ in Japan by foreign press. Almost westerners who try to label him/her as historical revisionist or Uyoku don’t want to debate on history with him/her from the beginning.  So Pierre Pariseau intentionally had a shit-eating grin on his face after saying a rude word against Tamogami and this Canadian hurried away from Yasukuni Shrine. It is obvious that the goal of this Canadian was only provocation against the Japanese intending to make them angry.

Actually, I too had the similar stereotype about Yasukuni Shrine to Pierre Pariseau until just a few years ago. It was 6 years ago that I visited Yasukuni Shrine for the first time.  Before visiting Yasukuni’s Yushukan (military and war museum),  I too thought that Yasukuni was Militarist Shrine.  I had a lot of negative image of Yauskuni such as black vehicles right-wing campaigners making poisonous and intense noises.  However,  I entered Yushukan and stood in front of over 6000 portraits who died in the war,  and as I read each and every one of farewell notes that so many people’s left,  I found ‘the true human dignity’ in farewell notes and understood what they died for.

What do you think they died for? I suppose you will answer “For the Emperor (Tenno)!” if you have the above-mentioned stereotype.  There are so many farewell notes to their families. These farewell notes speak to you why they fought at the risk of their lives and what they desperately tried to protect  They had things that are worth risking their lives! They had things that are worth giving their lives! Their wives,  their daughters,  their sons,  their mothers and their hometowns.  Even if they shouted,  “Tenno Heika Banzai! and died at the front,  their hearts were always with their families until the last moment of their lives.  More important for us,  these farewell notes speak to us that they entrusted Japan to future generations and died. Who are future generations that they entrusted ‘Japan’ to?  Naturally, we can never ignore the last wishes of the people who sacrificed their lives for Japan.  However,  if the people who died for Japan in the war see the reality of today’s Japan,  if they see the emotionally-disturbed society such as children kill their parents or corrupt politicians get hooked on women and money,  I’m sure they would be disappointed and lament over today’s Japan.  It is consequence of 65 years that the Japanese people have been turning their back on Yasukuni Shrine since the end of the war.  I realized I had been thankless Japanese when I read farewell notes at Yasukuni.

As you may know,  it has become controversial whether voting rights should be given to permanent foreign residents or not in Japan’s political world.  I would like to propose that the Japanese government should give voting rights to 2,466,532 people who are enshrined as ‘spirits of the war dead’ at Yasukuni first,  prior to giving voting rights to foreign residents who came to Japan by their own self-interest.  We must never forget that 2,466,532 people died for Japan and entrusted Japan’s future to us who live in the present.  The 65th anniversary of the end of the Greater East Asia war will come soon.

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Yasukuni Shrine – 1
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靖国神社-彼らは何のために死んだのか?

 

 

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