中川昭一、ロックな男だぜ!

 

どうやら最近の日本人には、かなり狭量な人間が増えてきたようだ。

俺は、中川昭一のG7の日本人記者相手の記者会見の模様を見ながら、
「可哀想にお疲れ様」と思うと同時に「人間らしく微笑ましい」とも思った。
俺が、もしその会場に居たら、お布団でも敷いてあげたかった。
添い寝まではしないけど(笑)。

彼の行動が飲酒によるものか風邪薬によるのか、それとも何者かの
謀略によるものか・・・。そんな事、俺はあまり関心がない。
人間、誰だって、一度や二度の大失敗なんてあるはず。
個々に思い返してみれば、「ハぁーッ」と顔が真っ赤になるほどの大失敗など
いくつかあるはずだ。だって、それが人間なんだ。
しかしながら、
日本のマスメディアは、中川昭一への執拗なバッシングをやめようとは
しない。なぜなら、麻生太郎という本丸を目指しているからだ。
中川昭一が、酒に酔った勢いで核ミサイルの発射ボタンを
押したわけじゃあるまいし、
「日本の国家予算ぜんぶ持ってけ泥棒!ぶはぁ~」と言ったわけでもあるまい。
中川昭一は、日本の財務大臣としてG7に出席し、
その職務を全うしたわけじゃないか。

それで?中川昭一のどんな点が問題なのか、は~ん?
日本人記者相手の記者会見で「中川昭一のあの姿」が醜態?
俺はそうは思わなかったな。俺は、
「さすが大物政治家。カッチョエエエエ!」と笑いながら叫んだ。
中川昭一を叩く日本人には、
「あれぐらい許してやれよ、だって人間なんだから」とも思った。
昔、ロシアのエリツィンが酔って橋本首相と
ダンスしているのを見てクスクス笑ったことを思い出した。
エリツィンが赤ら顔ではしゃぐ姿に「いいなあ、ロシア人つーのは!」と
感心したぐらいだ。
旧来の日本人は、
人間臭い失敗に対し「人間的な可愛らしさ」を憶えるほど
寛容であったはずだ。

日本人を「無表情で何を考えているか分からない」などといった
「エコノミック・アニマル」的ステレオタイプに嵌った外国の人が、
「日本人も俺たちと同じ人間なんだ」と安心できたのでは?
YouTubeの「中川昭一・G7」の動画への書き込みを読みながら、そう思った。
しいて言えば「日本の恥を晒した」と評するよりも
「身近で等身大の日本人」を
外国の人は感じていただけたのではないか。
海外のテレビ局のキャスターが中川の真似をしたのも
卑下を意図をしたものではなく、
「ひゃあー、人間臭くて面白れぇ~」と思ったからに他ならないのだ。

それを「日本の恥を晒した」などとヌカす日本人はよほどキンタマが小さい奴だ。
そうは思わないか?なあ、セニョール。

にもかかわらず、「醜態、醜態!」と中川バッシングを執拗に続けるマスメディア。
今回、俺が最も危険だなと思った点は、
麻生内閣発足当時から、各社、横並びになって、
些細なことで麻生政権を執拗に叩きコキおろしてきたマスメディアの
異常な行動に、なんら疑問も持たず、ただただマスメディアの見え透いた
魂胆ありありの煽り・扇動にまんまと乗せられ、一緒になって、
中川昭一を叩く日本の一部の人々。
これこそが、いまの日本の病んだ状態なのではないか・・・そう思った。

それでも「醜態、醜態」と騒ぐ奴は、鏡でじっくりと己の醜悪な顔でも眺めるがよい。

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俺は、マスメディアがいかに中川昭一を叩こうと、麻生太郎をコキ降ろそうとも、
徹底的に中川昭一と麻生太郎をトコトン擁護してやろうと思った。
正直言って、俺は中川昭一と麻生太郎が大好きだからだ。
好きなものは、誰が何と言おうと好きなのだ。

そんな俺にとっては、今回の中川昭一のミスは「アバタもエクボ」。
飲酒?風邪薬?謀略?陰謀?そんなの関係ねぇーよ。
男・中川昭一は、やっぱロックだぜ!

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関連 目から鱗が落ちた話
    なぜ日本人は英語が苦手なのか?

16 comments February 19, 2009

日本人とは何か(2)

fukushima_mizuho1今の日本のマスコミは、韓国から帰化した人や中国から日本に帰化した人のことを韓国系日本人とか中国系日本人と呼んだりする。しかしながら、その「韓国系」という呼び方、その「中国系」といった呼び方が、実はいかに滑稽なものなのか、「日本人とは何か(1)」に挙げた「ソ連系日本人」といった奇妙な響きを持つ言葉を思い返せば、それがわかるはずだ。「ソ連人」という言葉は、ソ連という国の人を表す言葉として、ソビエト連邦崩壊(1991年)まで使用された。そしてソビエト連邦崩壊の後、ソ連人という国家形態に属する人たちを表してきた言葉は、それぞれ民族毎にロシア人・ウクライナ人・カザフスタン人・ベラルーシ人・ウズベキスタン人等々の言葉になった。否、元の自然な言葉に戻っていっただけに過ぎない。

韓国人という言葉も中国人という言葉も国家組織に属する人々を表す言葉に過ぎない。韓国は大韓民国の略称であるが、彼ら自身、「朝鮮人」と日本人から呼ばれることを嫌い、日本人に対して「韓国人と呼べ」と尊大にして傲慢にも強要した言葉である。言うまでもなく、朝鮮民族は南北に分断され、北にある朝鮮民主主義人民共和国の人々は、日本においても昔同様に「朝鮮人」と呼ばれ続け、いわゆる韓国人は、その「朝鮮人」を「同胞(同じ民族)」といった言葉で表す。日本人が、いわゆる韓国人の尊大で傲慢な強要に従うのであれば、われわれ日本人は、北朝鮮に住む朝鮮人たちをどう呼べばよいのだろうか?「北韓国人」とでも呼べば、彼らは気が済むのであろうか?韓国という国が北朝鮮に併合されたから、今度は何と呼べばよいのだろうか?いちいち国情の変化に伴って「ある特定の人々」を表す呼称が変わること自体、奇妙なことだと日本人は気づくべきだ。国情の変化にかかわらず、普遍的な(時間を超えて、空間を越えて)「ある特定の人々」を表す呼称がある。それが民族名だ。であれば、朝鮮民族を表す言葉は、韓国人でもなければ、北朝鮮人でもない。北朝鮮人でもなければ南朝鮮人でもない。朝鮮人は朝鮮人なのだ。南北朝鮮には関係なく、北朝鮮から日本へ帰化した人間、韓国から日本へ帰化した人間、ともに朝鮮系日本人であり、韓国系日本人という呼び名はありえない。東西に分断されていたドイツ。東と西に住んでいた人々をともに同じドイツ人と呼んだように。

china221次に、中国人という呼び方。これは現代の日本社会における中華人民共和国に属する人々の呼称である。否、正確に言えば、中国といった呼称にいつの間にかなってしまった。40~50年前までは、いわゆる中国のことを「支那(シナ)」と呼んでいた。支那(シナ)の語源は、紀元前221年に、今のいわゆる中国、すなわち漢民族をはじめて統一した秦にある。shina英語のChinaもこの秦が語源だ。いわゆる中国の歴史は、この統一された紀元前221年に始まると考えるべきで、いわゆる中国は二千二百年ほどの歴史を持っている。(明星食品の即席ラーメン中華三昧が「中国4千年の歴史・・・」と謳っていたが、とんでもないデタラメなんだ) 秦の統一以来、秦から漢へ、隋から唐へと王朝が変わるたびに国名を変更。1912年の辛亥革命で清が倒れ、中華民国が成立。そして自ら、それを略して「中国」と呼び始めた。しかしながら、世界は、紀元前221年に統一された漢民族の国を一貫して「China」と呼び続けている。1937年に起こった支那事変は、いまでも英語ではSino-Japanese War(注;Sinoはサイノと発音する)と呼ばれる。日本の教科書において、支那事変という歴史的事件の呼称が「日中戦争」に次々に書き換えられていったのは1970年以降のことだ。(3に続く)

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日本人とは何か(1)

1 comment February 17, 2009

日本人とは何か(1)

isshintasuke「日本人って何だと思いますか?」と訊ねると、「そりゃあ、日本国籍を取得している人のことを言うんじゃないんですか?」などと訊き返してくる人によく出くわす。どうやら、大方の人はそう思っているらしい。それで「ほう、日本国籍があると日本人ですか?」と訊くと、「だってアメリカをご覧なさい。アメリカ人って、アメリカの市民権を持っているからアメリカ人なんですよね?だから日本国籍を取得した時点で誰だって日本人ですよ」といった答えが返ってくる。小さい頃から世の中のことを斜に構えてばかり、その癖が一向に抜けない私は次のように再び訊ねる。「それじゃあ、江戸っ子って言葉がありますよね?東京都に住民票がある人は皆、江戸っ子ですか?鹿児島に住んでりゃ薩摩隼人ですかい?」と。その瞬間、相手は眼が点になる。3代続いて江戸に住み、生まれてからずっと江戸っ子の大人たちに囲まれ、良くも悪くも江戸の伝統、風習や風俗、言葉をたっぷり吸った体だからこそ「江戸っ子」と呼ばれるんじゃなかったかと。「日本人」だってそうじゃないのかと思ったりする。日本人の両親と祖父母が居て、周囲の日本人に囲まれ育ち、日本の義務教育を9年間受け、日本人の言葉を憶え、日本の文化や風習、歴史を学び、満二十歳になって、成人式を迎える。それまでの二十歳未満の子供は準・日本人であって、まだ「日本人」ではないのだと。戦後の日本人は、どうやらアメリカ合衆国という国の価値観に知らず知らず、どっぷりと染まってしまったのかもしれない。

nicoleイギリスから日本にやってきたイギリス国籍のある人がこう言っていた。「俺がEnglishman(イギリス人)だって?とんでもない。俺はScottish(スコットランド人)だ。もちろん国籍はイギリス(語源はEnglish)だが、日本人がイギリス国籍の人間をなにかしら総称して呼びたいのなら、イギリス人(Englishman)という呼び方はやめてBritisher(ブリテン人)とでも呼んでくれ」と。どうやらスコットランド人は「Scottish」と呼ばれたいらしい。スコットランド人としてイングランド人(Englishman)と区別してもらいたいと望んでいる。元イギリス国籍で日本に帰化した人で、C.W.二コルという人がいる。同氏は1962年に来日し、95年に日本に帰化した。同氏は自らのことをイギリス系日本人と呼ばれることを嫌い、自らをウェールズ民族の血を引き継ぐ者として、「ケルト系日本人」と呼んでくれと言っている。多くの日本人は、学校で教わる英語教育で「イギリス人=Englishman」と習い、いわゆるイギリスには「イングランド人(Englishmen)」ばかりが住んでいると思っている傾向があるが、イギリスの正式名称はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国であり、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの民族からなる4つの国から構成されている。いわゆるイギリスという国には、イングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人の4つの民族が住んでいるのだ。

さらにもう一件。ここにアメリカ出身のArudou Debito(有道出人、本名:David Aldwinckle)というガイジンがいる。この名前を挙げただけで、「ああ、コイツかぁ」と頷く人もいるだろう。日本の会員制ホステスクラブを嗅ぎまわっては「Japanese only」(外国人お断り)という看板を見つけ、それを「人種差別だ!」と騒ぎまくっているガイジン。このArudou Debito氏は、2000年に日本に帰化したらしい。しかもアメリカ市民権を放棄せずに。本人はその2年後、二重国籍をアメリカ大使館から警告を受けてアメリカ市民権を放棄したらしい。(笑)このガイジン、実は変なことを言っているのだ。自分のことを「米国系日本人」と呼んでいる。ん?米国系日本人?「米国系」って何だ?アメリカ人という民族でも存在していたのか?アメリカには白い人もいれば黒い人もいる。黄色い人もいれば、イスラム教徒だっている。Arudou Debito氏は、そうした「人種のルツボ」と呼ばれる国から日本にやってきたんでしょ?Arudou Debito氏は、悪い意味で(笑)、体中にアメリカの価値観が染み付いた人なんだろう。彼の言わんとするところの「元は米国市民だったが、日本に帰化した人」を「米国系日本人」などussrと言い切ってしまっている。思い返せば、今から18年ほど前まで、ソビエト連邦が91年に崩壊するまで「ソ連人」(Soviets)という呼び方が存在していた。ロシア人をはじめウクライナ人、ウズベキスタン人、カザフスタン人、シベリアに住むヤクート人・・・みんな「ソ連人」だった。国家の名称をもって、民族ではなく、ある国家に所属する人々の集団を指す言葉。今、考えたら奇妙な言葉だったと思えないか?謎の「ソ連人」・・・私は思わず吹いてしまう。それと同じで、「アメリカ人」という言葉がいかに奇妙かに気づくべきだ。Arudou Debito氏は人種のルツボであるアメリカという国から日本に帰化した。そして「米国系日本人」と自分のことを呼んでいる。もし彼が20年前にソ連から帰化したのであれば、「ソ連系日本人」だったのか?「ソ連系日本人」って言葉。もう怪しさがたっぷり漂う言葉じゃないか。ロシア人なら「ロシア系日本人」、ウズベキスタン人なら「ウズベク系日本人」でしょ?

余談だが、ひょっとしたら、アメリカ合衆国という国が数年後に3つぐらいに分裂するかもしれない。アラスカやテキサスがカリフォルニアがアメリカから独立するかもしれない。白い人も黒い人も黄色い人もみんな「カリフォルニア人」か?アフリカ系カリフォルニア人?アジア系カリフォルニア人などという言葉がまた作られるのか?(日本人とは何か-2に続く)

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1 comment February 12, 2009

田母神論文-侵略か否かにこだわるほど自虐史観

 

douzou1ふたたび田母神航空幕僚長の論文の話。実は、私はこの論文を自分の声で朗読し、バックにNHK大河ドラマ「風林火山」の千住明の音楽に合わせてビデオでも作ろうとしていた(笑)。だから、何度も何度も暗記できるほど、この論文を読ませていただいた。正直言って、もうすでに暗記してしまった(笑)。

「アメリカ合衆国軍隊は・・・これをアメリカによる日本侵略とは言わない・・・」何度も読み進めていくうちに、どうも言い訳がましい文章だなと思い始めた。そして徐々に、私は「日本が大陸を侵略したか、しなかった」なんてどうでもいいじゃないかという感想を持った。さらに最終的には、日本が大陸に侵攻しアジアを征服したことこそ日本人の歴史的偉業であり、それを現在に生きる日本人は誇りとすべきだという確信に至った(笑)。

日本人の多くが「侵略か否か」にこだわるのは、中国に事あるごとに「日本は中国に侵略した。侵略したことを認めよ」と繰り返し非難されてきたからであって、その中国の言う「侵略」という言葉の裏には、中国自ら行っているチベット・ウィグル・内モンゴルへの本当の侵略(武力侵攻と略奪)を正当化し、さらには日本の過去の揚げ足をとってあげつらうことによって、日本からの中国に対する非難をかわすことにあるのだ。であれば、中国に対しては「お前らが主張するような略奪なんてしてないぞ。お前らがチベット・ウィグルでやっているような人道に反する民族浄化など毛頭やってはいない」と反論すればよい。それでも五月蝿く言うのであれば、「ウルサイ、黙れ。70年も昔のことでウダウダと、なんとも女々しい奴だ。味噌汁で顔でも洗って出直せ」と一喝してあげればよい。少しは日本人に図太くマッチョな性格(男らしさ)が必要だと思う。

alex「日本が侵略国家だったか否か」といった議論はあまりにくだらない。たとえ「侵略」の要素が少しばかりあったとしても、そのことで周辺のアジア諸国に対して謝罪する必要もないし、また日本人が少しも負い目を感じることは毛頭ないのだ。眼を日本から外へ向ければ、東ヨーロッパ・バルカン半島にマケドニア共和国という国がある。マケドニア人はかつてペルシャ東方遠征を行った古代マケドニア王国のアレクサンダー大王(紀元前336 – 紀元前323)を民族の偉大な英雄として称えている。マケドニア人たちはアレクサンダー大王の話になると眼を輝かして古(いにしえ)の侵略の歴史について語り始めるのだ(笑)。しかしながら、実はアレクサンダー大王はマケドニア人ではなくギリシャ人であったのだが・・・(笑)。napoleaon2またフランスの英雄ナポレオン・ボナパルト(1769- 1821)などはヨーロッパを征服し、さらには広大なロシアの奥くまで進撃しモスクワまで占領した。これがナポレオン戦争であり、ナポレオンが征服したヨーロッパでは王政を倒し、ヨーロッパの諸民族にフランス革命の理念である自由・平等・博愛の理念をばら撒き、のちに諸民族が民族主義国家として成立していく近代の歴史的偉業を達成したのである。

日本人の多くの人たちも、アレクサンダー大王とかナポレオンを歴史的英雄と認めるでしょ?であれば、なぜ、その同じ日本人が、欧米列強によって植民地とされ過酷な搾取が行われていたアジアを征服し大東亜共栄圏を築き、アジア人を白人たちの植民地支配から解放し、アジア人としての誇りと勇気を与え、民族自決の精神を根づかせた日本人の先人たちを誇りに思い、英雄と呼ばないのか!?日本人が築いた大東亜共栄圏という新秩序は、アレクサンダー大王の東方遠征やナポレオン戦争と匹敵するほどの歴史的偉業だったのだ。実は中国もアメリカも、日本人がこの大東亜共栄圏という歴史的偉業について誇りはじめることを一番心配しているのだ。「正義」を振りかざし自らの暴力を正当化してきたアメリカにとってはきわめて都合が悪く、またアジアのリーダーに君臨したい中国にとっては「アジアを解放したのが日本」となってはまた困るのである。だから、アメリカも中国もアジア各地で「日本は60数年前の侵略戦争のために嫌われている」というプロパガンダを流し続けてきたのだ。

ningyoなぜ、多くの日本人は「侵略は悪い」とか「戦争は悪だ」とか言いつつも、NHK大河ドラマの信長・秀吉・家康の「国取り物語」や武田信玄の「風林火山」をウキウキした気持ちで毎週観ていたのか!「侵掠すること火のごとし」などいう文句は日本ではすでに放送禁止用語ではなかったのか!(笑)実は人間というのは、特に男性にとって戦争での英雄の「勇ましい」姿は、ある種の人間が本来生まれ持っている「本能」をくすぐるのである。五月人形を見てみよ。鎧・兜を身に付け、キリッとした眉と鋭い眼光を持つ男子の顔に私たちは何を感じるだろうか?五月人形の持つ「勇ましさ」に自分の子供も「この武者のように勇ましくあれ、強くあれ」との親の願いが込められている。なぜ人々は、戦国武将の馬に跨った勇ましい銅像の駅前に立てたりするのだろうか。勇壮な武将の姿が町の誇りであり、郷土の自慢だからに他ならない。ならば、戦後行われてきた「平和教育」とやらは何だったのか。「戦争は悪いことです」「人殺しは絶対に駄目です」「暴力はいけません」「過去の過ちを反省しましょう」「日本人は過去に悪いことをしました」「軍国主義はいけません」・・・。これらの言葉が、子供が生まれながらにして持っている「勇敢さ・勇ましさ」への憧れをすっかり奪っていったのではないか。だから、いまの日本人、特に20代は小粒ぞろい、器が小さすぎる。日本は上から下までネズミの心臓・ノミの脳みそを持った奴ばかりだ。日本人は過去の戦争にもっとロマンを持って語っていいんじゃないか。おそらく反日左翼と中国・朝鮮は、「歴史を美化するな」と言うだろうが(笑)。それは彼らのやっかみというもの(笑)。そもそも人類の歴史など、その大半が戦争の歴史である。食うか食われるか、凄まじいほどの弱肉強食が繰り返されてきた歴史であり、そしてその弱肉強食は決して過去のものではなく今も続いている。その弱肉強食を戦いぬく「勇ましさ」と「たくましさ」を今の日本人は取り戻さなければならない。戦争でたった一度だけ負けたぐらいでうつむいている暇なんてないぞ。「次回は世界を征服してやるぞ」ぐらいの強い気概を持とうじゃないか(笑)。

daitouwa私は思う。現在、田母神論文をテーマにメディアで議論している政治家もコメンテーターも右と言われる人も左の人も、実は平和教育によって洗脳された自虐史観を引き摺っているのではないだろうかと。「日本がかつて侵略国家だったか否か」なんて議論なんてする必要なんてないのだと。そして、もし中国が執拗に「侵略を認めよ」と言ってきたなら、日本人は地球儀を撫でながら語ればよい。「こんなに広大なアジアを侵略した日本の先祖はなんて偉大なのだろうか」と。それだけで、中国の執拗な追求は一瞬にして収束する。06年8月15日に小泉純一郎元首相が靖国神社へ堂々と参拝したときのように。

疾きこと風のごとし
徐かなること林のごとし
侵掠すること火のごとし
動かざること山のごとし

 

平成21年 いまだ元旦

多摩川競艇

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田母神論文-これは誰かの策略なのか

1 comment January 1, 2009

田母神論文-これは誰かの策略なのか

 

tamogamiもう言わずと知れた田母神論文を巡っていまだに論議が続いている。「日本は侵略国家であったのか」という論文、どうしてここまでこの同じ話題をずっと引っ張っているか?なにかしら、裏に誰かいて策略でも練っているんではなかろうかと勘ぐりたくもなる。

まずは「侵略」という言葉の持つ意味を考えてみよう。私は「侵略」という意味には、文字通り、「進入して略奪する」ことと思ってきた。本当にそうか?田母神論文問題でのさまざまな人の「侵略」についての使い方が違うようなので、恥ずかしながら、不安になり、約10年ぶりに広辞苑を引いてみた。koujien11なぜ恥ずかしいかって?私は他人との会話の中でしばしば「よほど難しいとかあまり使用しない用語を広辞苑で調べるならともかく、小学校で習うような平易な日本語をわざわざ『広辞苑によれば・・・とある』と書き始める奴なんて、よほど日頃、いろんなことを考えていない証拠だ」なんて偉そうに言ってきた人間だからだ。いま己の傲慢さを反省している。さて、しんりゃく、しんりゃく・・・おっ、あった、あった。新村出さんという方の編纂による広辞苑では、
———————————————————————
しん・りゃく【侵略・侵掠】
他国に進入してその領土や財物を奪い取ること。「-戦争」
———————————————————————
とあった。自分がいままで思ってきた「侵略」の概念と同じだ。広辞苑の編纂委員の皆さんも私と同じ概念を描いていたということでひとまず安心した。

それじゃ本題に移ろう。実は、田母神論文「日本は侵略国家であったのか」でほとんどの日本人が政治家やマスメディアの皆さんが誤解していることをここで指摘しておきたい。英語には、私と広辞苑の編纂委員の皆さんが頭の中に描く「侵略」に該当する単語は、実は存在しない。おそらく日頃、英語を使われている日本人の方には「何を言うか!invasion (invade の名詞)があるじゃないか、それでなければaggression だろう。数年前のイラク戦争のときには、アメリカによるaggressive warとか英字新聞に書いていたじゃないか! 」と言われる方がおられると思う。正確には、invasionは「進入、侵犯」であり、aggression は「武力侵攻、攻撃」という意味であり、侵略に含まれる「領土や財物を奪い取る」という意味は、実は含まれていない。osetiまだ記憶に新しいが、昨年8月に起こったオセチア紛争を思い起こせば、この紛争で一部のオセチア民兵が民家から「略奪」を行っていることがニュース伝えられたが、そこではlootingという単語が頻繁に使用された。

「侵略」という言葉は「進入する。そしてなおかつ、略奪する」という2つの意味を持った熟語であり、これは漢字世界において使用されてきたものである。ゆえに、「侵略したか否か、日本が侵略国家だったか否か」の論争は東アジアの漢字圏のみでできるものであったのだ。しかし、とんでもないことに、田母神俊雄前航空幕僚長は昨年12月1日、日本の外国人記者クラブで記者会見に臨んでいる。その際に、外国人記者たちに配布された英訳された田母神論文のタイトルは「Tamogami Essay – Was Japan an Aggressor Nation?」であり、そこで田母神氏の答弁は「日本は大陸にinvadeしていない。日本は中国にaggressive warはやっていない」と繰り返されたのである。日本語で言えば「日本は大陸に侵入した憶えはない。日本は中国に武力侵攻した憶えはない」と答えたのである。中国・韓国の記者を除いて、この時、欧米の記者たちはどんな反応をしたのだろう?もっと分かりやすく言えば、現在のドイツ軍の将軍が記者団の前で「実は、かつて旧ナチス・ドイツの軍隊はポーランドとソ連の国境を越え、スターリングラードまで進撃した憶えはない」と堂々と胸を張って語ったのと同じ状況なのである。これじゃ、外国人記者クラブはまったくの大洗海岸だぜ。さらに、それが外国の通信社やプレスを通じて世界に発信されたのだから、「最近の日本の歴史認識とはいうのはよほど変だ。こんな気の触れたような歴史認識を持った幕僚長を辞めさせた日本政府は、まあ当然の対処を行っただけ」と欧米では見ていることだろう。

それ以上に恐ろしいことには、「最近の一般の日本人たちは歴史認識が変だ。南京大虐殺は無かったと言始めたし、旧日本軍は20万人の処女狩りをやって性奴隷をやって戦場に連れていって、たくさんの女とパカパカやりながら、米軍にバンザイ突撃していたんだろ?かつて中国が『日本は歴史を書き換えようとしている』と日本に抗議していたが、やはりそうだったのか。大陸に侵攻したことなど無いとまで言い始めたか。もう日本人の話なんて信憑性をまったく感じなくなった」・・・なんて思うのじゃない?まるで中国の思う壺。

ここまで書いたら、今回の田母神論文についての論議、何かしら策略めいた匂いがしないか?私は考えすぎだろうか?なんか心臓がドキドキし始めた。

 
平成21年 元旦。

多摩川競艇

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田母神論文-侵略か否かにこだわるほど自虐史観

1 comment January 1, 2009

Yasukuni Shrine – 2


http://youtube.com/watch?v=Hx1Qnh-wNq0

The first time that I visited Yasukuni Srine was 2004 4 years ago. My friend invited me to go to Yasukuni Shrine for Hatsumode (new year’s visit to a shrine) on 2004 New Year’s Eve. Before visiting Yasukuni Shrine, I had a skewed image of Yasukuni Shrine. For example, I had an image of Yasukuni Shrine as militarism or Uyoku (right wing).

However, while seeing a lot of portraits of the people who fought very hard to protect their loved one and died in the war, and while reading a lot of farewell notes addressed to their mothers or their wives or their children. I understood so well that many people sacrificed their lives for their loved one. I understood so well that many people died for future Japan, 63 years ago. In every farewell note, everybody said the same thing, “I’ll meet you at Yasukuni Shrine even if I depart from this life. Come and see me.” I thought it was a matter of common sense for the Japanese people to visit Yasukuni Shrine and to thank ‘the spirits of the war dead’ for their fighting. Because many people became to the cornerstone for present-day Japan’s peace and prosperity.

In present-day Japan, however, there are many Japanese people who have the same skewed image of Yasukuni Shrine as I had before visiting there. There are many Japanese Diet lawmakers who decline to visit Yasukuni Shrine. And more, there are some Japanese Diet lawmakers who attempt to blaspheme against ‘the spirits of the war dead’. They are thankless fellows. They are traitors. Many people who fought and died for the defense of our Japan said that they would wait for us at Yasukuni Shrine. We Japanese must hold our promise with the people who gave their lives for our Japan.

僕は4年前に友達から初詣に誘われて初めて靖国神社に行きました。2004年大晦日の夜のことでした。それまで靖国神社は軍国主義の神社で、灰色の右翼の街宣車に乗った黒いサングラスをかけた怖そうなお兄さんたちが行くような場所だと思っていました。

しかしながら、靖国神社の遊就館で戦争で亡くなられた方たちの手紙や遺品、お一人お一 人のお写真を拝見しているうちに、アメリカに追い詰められ、存亡の危機にあった日本を守るため、愛する家族や妻や恋人を守るために、必死に戦って亡くなっていかれた幾多の人々の思いに接しました。「お母さん、自分はたとえ死んでも、靖国に私の魂はあります。靖国でお会いできますよね」と言って戦地に赴いた多くの日本人たち・・・。僕は、日本人であれば靖国神社に参って亡くなった人たちに感謝することは、きわめて 自然なことだと思うようになりました。なぜなら、いまの平和な日本があるのは、必死に戦って死んでいった幾多の人たちのお陰だからです。

靖国神社を非難する人の多くが「靖国神社にはA級戦犯が祀られているから・・・」という理由を挙げます。しかしながら、その理由以前に、日本という国に命を捧げた250万 あまりの日本の兵隊さんに、なぜ素直に感謝や慰霊の言葉を捧げることができないのでしょうか?A級戦犯が合祀されていることを盾に靖国神社そのものを否定しようとする人々は、論理的な思考の欠如以前に、「人」としての「情」というものが欠落していると思います。僕も靖国神社へ初詣に行くまでは靖国神社を歪んだ眼で見ていました。実は、僕自身さえも反日の日本人だったのです。

「靖国神社にはA級戦犯が祀られているから・・・靖国参拝はすべきではない」というステレオタイプ。実はこれこそが、日本のマスメディアが作り上げ広く日本人たちの認識の中に刷り込んでいった一種の洗脳であることに、賢明な日本人は早く気付くべきであると思います。日本のマスメディアは「靖国神社」というイメージを、僕が靖国神社の遊就館を訪ねる以前に抱いていた「軍国主義」とか「A級戦犯」とか「右翼」といった言葉とイメージで歪めてきました。日本人ひとりひとりが靖国神社を自分の足でゆっくりと散策し、そして遊就館に掲げてある無数の遺影を眺め遺書をひとつひとつ丁寧に読み込むことをお薦めします。「なぜ、彼らは逝ったのか!?」をご自分なりに考えながら・・・。 彼らの遺書ひとつひとつが彼らの愛する者たちだけに向けられた言葉ではなく、現代に生きる日本人たち、すなわち自分に向けられたメッセージでもあるのだ・・・と僕は受け取りました。彼らは口々に「いまの日本をよろしく頼むぞ!」と言っているように思いました。

多くの日本人が「靖国神社で会おう」と言って戦場で散っていきました。63年前に日本のために戦った多くの日本人たちとの約束も果たせない現代の日本人たち。はっきり言って、こいつらは恩知らずです。裏切り者です。死んだ人たちとの約束も果たせない国会議員たちが、はたして国民との約束を果たすことができるでしょうか?彼らは、そもそもが裏切り者であり、彼らを信頼することは危険なのです。

靖国神社にいわゆるA級戦犯が祀られていることを理由に、靖国参拝を拒否する恩知らず・裏切り者の面々。マスメディアが作りあげたステレオタイプに染まってしまって、それに一遍の疑問も抱くことのない単純な脳細胞しか持たない愚か者。彼らはその洗脳から抜け出せなくて、未だに「いわゆるA級戦犯たちが63年前の惨禍を日本にもたらした責任がある」と非難しています。彼らはよほど自分の頭で物事を考えるという訓練がなされていません。果たして、この卑怯で恩知らずで裏切り者である彼らたちに、いわゆるA級戦犯となった政治家・軍人たちほどの技量や資質、道徳が備わっているというのでしょうか。

いい歳しながら、マンガ読んだり、プラモデル作っているような脳細胞の未発達な連中に、いわゆるA級戦犯になった人々を非難する資格すら、そもそも無いのです。東條英機をはじめA級戦犯となり亡くなった人々は、彼らより、遥かに立派な教養と人間性を備えていたのです。石破茂や石原伸晃のようなヌケ作・田吾作の面々は、A級戦犯になられた人々の足元にも及びません。彼らはA級戦犯になられた人たちの足の爪の垢でも有り難くいただいて、煎じて飲むとよいのです。

僕は今年の7月に西村幸祐さん編集の「8・15と靖国の真実」と題するムック本に「Kと伏竜」というタイトルで文を寄せさせていただきました。Kは僕の親しい友人で、彼との付き合いは10数年にもなります。そのKが、2004年の大晦日に僕をはじめて靖国神社へ誘ってくれました。その時、Kは僕に熱心に「伏竜特攻隊」について語ってくれました。Kが亡くなったことを知ったのは、西村さんから原稿を依頼していただいた数日後のことでした。Kの妹さんからの電話でそれを知らされました。妹さんは、Kの携帯電話の着信記録から僕の電話番号を見つけたそうです。その2ヶ月ほど以前に、彼はひとりきりで東京のマンションでふたたび帰らぬ人となっており、音信が途絶えたKを田舎から東京のマンションを訪ねて初めてKが発見されたとのことでした。その後、僕は「Kと伏竜」について約2日間で書き上げ、そしてこの「8・15と靖国の真実」に文を寄せました。06年の夏に、僕が自分のビデオカメラで撮影したYASUKUNIのビデオをYouTubeにアップロードした際に、Kは「千鳥が淵に浮かぶゆらゆらとした灯ろうの列、なんだかいつまでも眺めていたい気分になる」と感想を言っていたことを今でも思い出します。いまの日本の現状・・・果たして、63年前に日本という国を想いながら散って逝った人々は、現代の日本をどう見ているのでしょうか?ひとりの若者が誰からも知られずこの世から姿を消してゆく・・・こんな殺伐とした日本にするために63年前に多くの日本人が命を捧げたのではなかったはずです。

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5 comments September 20, 2008

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